貸切 バス 大阪を活用するテクニック
自分がそれを笑いのネタにするのはよくても、他人から言われるといたく傷つく人が多いからです。
以前、ある七十代の男性が、元気になって外出してきた時のこと。
彼は両サイドにかすかに毛が生えているだけのはげだったので、私たち看護婦はだれも、彼が床屋に行ったことに気づかなかったんです。
そうしたら彼は、すねてしまって、しばらく看護婦と口をきこうともしませんでした。
いくつになっても男性は男性。
ふさふさの髪にあこがれるものなのでしょうか。
男ごころもなかなか複雑なようです。
実はひげそりにはひとつ、忘れられない思い出があります。
それは、私がまだ看護学生だった時の話。
ある九十代の男性のひげそりを始めてみたものの、のび放題のひげはそうそう剃れず、一時間かけてようやく半分剃れたところで、彼がむずかって暴れだしたのです。
「おとなしくしていてくれれば、すぐ終わりますから」そう言っていくらなだめても、半分ぼけてしまっている彼には、わかるはずもありません。
だいたいこの一時間も、おとなしくしていたのが奇跡だったのですから。
「じゃあ、ちょっとみっともないけど、明日残りを剃りましょうか」仕方なく私は、そう言い残して、その日のひげそりを終えました。
ところが翌日病棟に行くと、彼のいたベッドがきれいに片づけられています。
なんでだろうと思って看護婦に聞くと、「昨夜、疾が喉に詰まったらしくて、突然亡くなったのよ」との答え。
私は頭の中が真っ白になって、しくしく泣きだしてしまいました。
重症不整脈で緊急入院し、絶対安静だった四十代のある男性は、あっという間にひげがひげそりはそれ自体、自分でできるようになることが、回復へのバロメーターでもあります。
昨日あんなにひげそりをいやがって暴れていた人が、死んでしまうなんて。
なんてあっけないものなんだろう。
それも、半分だけひげを剃られたままで……。
長い入院を物語る雑然とした荷物も、もうそこにはなく、白いベッドがまるで荒野のようにだだっ広く感じられたのでした。
そこでしみじみ思ったのは、看護の仕事っていうのは、患者さんを、いつ旅立ってもいいようにしておいてあげることなんだなあということ。
もちろん、それを最終的に行なうのは死後の処置、ラゼルケアなんですが、いくら最後にきれいにするとはいっても、急変の報を聞いて駆けつけた家族が、半分ひげの残ったおじいちゃんにとりすがるのでは、どうにも気の毒ですよね。
もちろん、この場合、途中でひげそりをやめざるをえない状況であり、そのことが間違っていたとは思いません。
でも、それ以来私は、それがたとえ途中だとしても、きりがよく見えるところまで、仕事は仕上げるもんだと、心して働くようになりました。
のび放題。
それでも、患者さん自身、ひげなんかかまっていられる状態ではなかったし、私たちも、とにかく絶対安静だから、ひげなんかあとまわし。
それが、少しずつ状態が安定すると、ようやくお互いひげが気になりだし、「そろそろひげ剃りましょうか」「剃ってもらえますか?」となるんです。
こんな時のひげそりは、格別の楽しさがある。
死をみとることも、ぼけのあるお年寄りとかかわるのも、それなりの味はありますが、やはり人の命を助けるというわかりやすいやりがいも、時には欲しいのです。
彼は、私が働きだして初めてみた、若い循環器の患者さんだったこともあって、今でもその顔ははっきりと思い出せます。
私の記憶のなかの彼は、いつも電気かみそりと一緒。
一回のびたひげを剃ってからは、彼は電気かみそりで毎日ひげを剃ってたのですが、「もう、このままスーツ着れば、すぐに出勤できそうでしょ」と、洗面所で会うたびにそう言ってうれしそうにしていました。
彼にとってひげそりは、自分が回復した証であり、社会とのつながりを保つ儀式であったのでしょう。
男性の会社への思いは、本当に強いものがあって、寝間着の上にネクタイ締めて闘病した患者さんから、パソコン持ち込んで仕事をしている人まで、あげだしたらきりがありません。
また、サラリーマンの患者さんのなかには、不整脈の彼とは逆に、入院中はめいっぱいひげをのばすぞ、という患者さんもいます。
見るからにひ弱なエリート、という男性が、「会社に行っているあいだはできないからね」と、嬉左としてひげをのばしているのを見ると、高校生が親に隠れてうれしそうに煙草その彼は、身体をこわしてから故郷の支社へ希望して転勤し、外来にも顔を見せなくなりました。
さらに二年ほどたってから、彼の妻から届いたハガキで、私たちは彼の死を知ったのですが、その文面によれば、彼は子供と遊んでいるときに、胸苦しさを訴えて倒れ、そのまま帰らぬ人となったそうです。
それを読んだ時私は、彼の明るい笑顔とともに、ジー、ジーとうなるような電気かみそりの音が胸によみがえってきて、涙が止まらなかった。
特に印象の強い感じの患者さんではなかったんですが、今でも電気かみそりを見ると、彼のことを思い出すのです。
当たり前のように見えるひげそりが、大きな意味を持つ病院という世界。
日常生活を普通に送れるというありがたさを、また再確認する思いです。
を吸ってるのにも似た、すっぱくいじましいものがあります。
以前いたある四十代の患者さんは、中学生の娘から入院用に払い下げられたクマのぬいぐるみつきのスリッパを履いて、一生懸命ひげをのばし、鏡の中で渋い表情を作っては悦に入っていたんですが…。
はっきり言って、「おじさん、足もとを見てからにして」と私は言いたかった。
クマのスリッパとひげ禁止の商社勤め。
それが彼の現実なのに、ひげもないもんだ。
しかし、「汚いから剃りなさい」「お父さん、ダサイ」と、どれだけ妻子から非難されようと、彼は退院の前日まで、そのひげを剃ろうとはしなかった。
クマのスリッパを履かされようと、食器は全部サンリオのキャラクターつきであろうと、妻子の言いなりだった彼も、それだけは曲げなかったんです。
ひょっとするとあのひげは、彼なりの、精いっぱいの自己主張だったのかもしれません。
だからどう人生が変わるってものではないんでしょうが、変身願望って、だれにでもあるもんですから。
A型肝炎での安静目的入院も、彼にとってはいいリフレッシュになったようでした。
強烈な思い出のひげそりは、うんこだらけのひげを剃った、ぼけの強いある八十代の男性。
彼は、直腸がんで人工肛門造設を行なっていたのですが、その人工肛門につけるラパックという袋を外しては、ベッドじゅう、身体じゅうに擦りつけ、口にまでくわえてしま「ああ、今日でひげともお別れだ」と淋しげだった彼も、妻と娘の迎えがくれば、すっかりこざっぱりしたいい夫、いいお父さん、でした。
彼にはやっぱり、ひげのない人生が似合っていたんだなと、その後ろ姿を見て、しみじみ思いました。
これにはもう、私たちも困り果てた。
もっと言えば、最後には、もう彼のところに行くのが怖くなりました。
いくら看護婦は刺激の強いものを見慣れているとはいっても、うんこだらけの口もとだけは、何回見てもご勘弁、って感じです。
彼は、入院してきた時には真っ白なひげがひょろりとのびて、まるで仙人のような印象でした。
退院前日、「ぼけが強くて本当にご迷惑をおかけします。
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